魔法使いの家。
そこは魔繰という悪魔メイドと知樹という主が棲む世界である。
魔繰はリビングでTV番組を見ている。
今日は休日で昼という時間帯にもかかわらずニュース番組ではなくサスペンス劇場が流れている。
「わははは」
魔繰は笑った。
魔繰が見るテレビ画面は崖で誰かに押されて誰かが落下するシーンだ。
「なんだよ、やすっぽい人形だなぁ」
悪魔の笑いは人とは違い、すこし常識的理解とは外れた笑いのようだ。
そんな魔繰は1人だ。
悪魔なのに人という数えには疑問があるかもしれないが、まあ、1人だ。
いつもなら主である知樹と一緒にいるのだが、今はいない。
何故なら台所で食器洗いの作業をしているからだ。
手が荒れるという理由からゴム手袋を着用して中学生くらいの少女は頑張って家事をしている。
彼女に親は居るが、魔繰と共に無理やり独立して2人で日本に住んでいる。
「あー……、めんどくせーわよ」
ジャーという水音にかき消されないように大きな声で独り言を言う。
無論、知恵と理性のある彼女がなんの理由も無く声帯を震わすなんて事はしない。
彼女は彼女の隷属である魔繰に聴こえるように言ったのである。
……。
しかし返事はない。
「なんなのかしら、あのメイド。楽しそうな命令なら聞くのに、つまらない命令は何も聴きやしない」
知樹は不満を声に出しながら皿に洗剤をつけ、こする。
「あの緑髪のヤツもちょっとは働きなさいよぅ」
魔繰には式神が居る、だがその式神もまた自分が好きな事しかいない式神で今は別の所にいるらしい。
「くっそー、私の時間を操る能力でも皿洗いはどうにもならないし……」
そんな事を言いながら知樹は洗い物を終えた。
2人暮らしだ、そんなにタスク量は多くないのである。
エプロンで手袋の水気を拭い、空気の通りが良いリビングの置き場所に手袋を脱ぎ置く。
「ねえ、魔繰。貴女は私のメイドなのよ、少しは働きなさいよ」
「私は火と鉄の悪魔なのです。水には弱いのよ。ポケ◯ンで習わなかったか? 間抜け」
「……な、なるほど」
「それに私は日曜お昼のサスペンス劇場を見ないと駄目ですし」
「主婦かよあんたは」
「小さい女の子が主婦とかイロイロ需要ありそうでしょ? なんだっけ? おぎゃる? ばぶみ?」
「良くわかんないこと言ってないで、今日の料理くらいはあんたがしなさいよね。主婦なら」
「……ええ? 何で私がー」
「貴女がメイドだからに決まってんでしょ」
「まあ確かにそうね、私には貴女に言われた事をする義務があるわ」
「うん」
「……それに料理なら楽しそうね」
「……いや、やっぱり」
「やっぱり、なんですか? 知樹様」
「いやあ、悪魔が楽しむなんて余程いいもんじゃない気がしてね」
「当たり前でしょ。悪魔と神と天使の楽しみなんて人間なんて存在にとっちゃ害悪でしかないわよ」
「じゃあ楽しまずに料理をつくってよ」
「それは駄目です」
「なんで?」
「料理は愛情です。愛情は感情です。私にとっての愛情は楽しい感情です」
「はあ?」
「愛してますわー知樹様」
抱きつこうとしてくる魔繰を避ける知樹。
「変な告白は良いから、美味しいもん作ってだしなよ」
「え、今から作るのですか?」
「当たり前でしょ? もうお昼よ」
「さっき食べてたし、もう夜で良いんじゃない?」
「人間、3食食べなきゃ死ぬのよ」
「トーマス・エジソンの文句に踊らされている情報弱者めー」
「私は土用の丑の日にうなぎを食べるしクリスマスにはにわとりを食べるのよ」
「ぐぬぬ」
「じゃあ早く、美味しいもの作って」
「でもサスペンス劇場……」
「これ、犯人は誰でも無くて主人公が精神病なだけよ、実は村の風土病なの。原作の小説で読んだわ」
「ネタバレされたぁ……」
「ちなみにヒロインの叔父を打倒しようとするシーンは名シーンだよ」
「へえ」
台所。
「じゃあ、料理を始めようかな」
「おー」
「何で知樹様が見てるんです?」
「いやあ、さっきのネタバレの腹いせになにかされないかと監視」
「命にかかわるイタズラはしませんよ」
「……かかわらないイタズラってどのくらいなの、あなたからしたら」
ドクロのついた真っ赤な小瓶を手に取る魔繰。
「このジョロキアのデスソースを」
「うんうん」
「トマトジュースと偽って飲ませるとか?」
「うーん、まあ私は死なないけど、おじーさんおばーさんなら死ぬわよそれ」
「おはぎに針いれるよりはましだよ」
「多分ジョロキアより針のが笑えると思うの」
「そーなんか」
「まあ針はいれるなよ、しーちゃん」
「魔繰です」
「というわけで今回はハンバーガーを作って行きたいと思います」
「へえ。今回ってそんな料理したこと無いでしょ、あんた」
「もう、キュー◯ー三分みたいなノリのミニコントですよ。ノリなさいよ」
「素人が面白半分で料理したら確実に失敗するわよ。真面目にやれ」
「むー」
「……まあ美味しく作ってくれるんなら、楽しんでもいいけどさ」
「えへへ」
「それで、ハンバーガーってどんなの?」
「え? ハンバーガー知らないんですか? ◯ナウドさんのアンチですか?」
「そうじゃなくて、どんなハンバーガーか聴いてるの」
「店で売ってるようなやつ」
「パンは食パンしか無いし、レタスとかも買ってないわよ?」
「……」
「?」
「というわけで、用意したものがこちらです」
すとん、と調理台にバンズとレタスが置かれる。
「どういうわけだよ、どうやって用意ししてたの?」
「私はハンバーガーが好きで、ハンバーガーをいつでも作れるように材料を貯蔵しているのです」
「へえ……って何処に?」
「四次元メイドさん空間です。いざとなれば敵に発射する事もできます」
「……イロイロよくわからないけど、まあこれでパンとレタスがある、後はハンバーグだけだね」
すこし怒った顔をする魔繰。
「パティというのです」
「……じゃあパティはどうするの? 四次元メイドさん空間から出せないの?」
「生肉は病原菌が繁殖しやすいので四次元メイドさん空間にはいれてませんし、作るハンバーガーによって肉の比率が変わってくるので肉の種類、部位から選びます」
「へえ」
「作ったものがこちらです」
「はやい」
「今日はシンプルにレタスandビーフといった懐かしき味を目指したいのでパティは牛肉100%にしました」
「わあ美味しそう」
「この肉片が美味しそうだなんて、人間も恐ろしいですわ!」
「積み重ねた経験から得ることができる判断よ」
「まあ私も美味しそうとおもうけどね」
「そしてこれを焼いたものがこちらです」
こんがりと焼き目がついたパティは湯気をまとっている。
「わざわざそれを用意する必要ある?」
「この流れをしないと3分クッキングみたいじゃないじゃない」
「どうせするんならもっとツッコミやすいボケとタイミングじゃないとパロディに昇華しづらいわ」
「うーむ、駄目だしです……」
「というわけで、これが完成品です」
美味しそうなレタスとビーフパティのシンプルなハンバーガー、多めのケチャップがポイントだ。
「……いや、どういうわけだよ。飛びすぎだよ」
「……うっふん」
「いや、自慢げな顔しても、よくわからないよ。笑えんよ」
「そうですか……」
「そうよ」
「でも良いんじゃない? 日常系なんだ面白さなんて要らないでしょ」
「はあ?」
「こういうのは可愛ければ良いんですよ」
「どういう事?」
「「……うっふん」という台詞を言う時に饅頭みたいな顔でドヤ顔していれば可愛いのです」
「文じゃ見た目の可愛さは伝わらないよ」
「……たしかに」
「まあいいわ、せっかく作ってくれたんだし、いただくわ」
「どうぞ」
もぐもぐ。
「……これってさ」
「なんです?」
「あんた……ケチャップに何いれた……?」
「デスソースです」
「辛くて……つっこめ……ない」
知樹はひざまずいた。
「うーん、やっぱり針を混入したほうがツッコミやすかったかしら?」
「どっちも駄目だわ! クソ馬鹿!」
「わははは」
おしまい。
(オチはない)ですソース。